Fiji村(伝統と文化)
自然との共存
フィジーには都市とは別に村という集落が存在し、そこは未だに独自の伝統や文化、思想が根強く残っている。そのため、村を訪問する際には、公の場で着るスルーを身につけ、村以外の外部の人たちを受け入れるための儀式が執り行われた。儀式の時の席順は、日本と類似しており、村長が真ん中の一番奥、その前には儀式の時に飲むカバという飲み物が配置され、男達がこれを作る。そしてカバを囲むようにして私達も序列が高い方から村長の近くに座っていった。座り方にも決まりがあり、男はあぐら、女は横座り。また、部屋の中を移動する際は中腰で、と決まっていた。
一つ目に訪問した村は、川でとれる魚や農業を中心に生活しているが、都市に出稼ぎしている人もいた。この村は近年、土壌が川の水嵩の上昇によって削られていく、河川浸食に悩まされていた。河川浸食を防ぐために、森からココナッツの木を切ってきて、堤防を作っていた(USPとの共同プロジェクト)。コンクリートや人工のものではないため、川の中に沈んでも生態系に影響を与えることはない。財政的にココナッツの木を使わざるを得ないのだろうが、自然と共存する彼ららしい堤防だった。また、浸食防止の効果をより上げるために、堤防の近くにマングローブの植林が行われていた。マングローブの根の土壌をしっかりとつかむ特性を生かしたものだった。特別「環境問題」の悪影響で彼らの生活が激変した、ということを見ることはなかったが、先に述べた河川浸食の他に暴風雨(サイクロン)の強力化などが今のところ問題なようだ。
二つ目に訪問した湾に面した村は漁業が有名な村であった。しかし、工業地帯がその村の向かい側に面しているため、近年、ゴミや汚染物・汚水が流れ着くことに悩まされていた(貿易風の影響)。興味深かったのは、彼らの海洋資源に対する意識、自分達が生活に必要な分だけを採集し、決して乱獲せず、資源を後世に残そうとする姿勢だ。乱獲して魚がいなくなれば、今は豊かな生活ができても、自分達の子供の世代が生きていけなくなる、だから必要な分しか採らないというものだった。しかし、工業地帯から流れ着く汚染物に加え、密漁者という問題も抱えていた。密猟者に対しては、男達が24時間交代で海岸を見回り・監視をしているのだが、戦闘によって負傷者が多数でているということだった。村の人々が保護区としている地域にも密漁者が侵入し根こそぎ乱獲を行うので、これが続くと魚が取れなくなってしまうという話もあった。
村の畑には伝統的な面白い工夫がなされていた。一見無造作に生えているように見えるタロイモやタピオカは、いつどこにどんな種類を植えるのかが決まっていた。彼らの畑は山を切り開いて作ったものだ。肥料などは一切使わずに、そこの土壌に備わる栄養だけで作物を育てるのだが、同じ場所に同種の作物を栽培し続けると、もともと栄養価が高いわけではない土地がやせてしまう。そこで、作物の種類と土地の栄養価を考えながら、栽培する場所を決定していた。また、この方法だと仮にある種類の作物が病気にかかっても、広がることはなく、畑の作物が全滅することはないそうだ。畑として使用していた場所の土地を休ませるために第二・第三の畑に移動し、その畑でまた4〜5年農業を行う。最初の畑に戻ってくるのは約十年後になりその時には、土地の栄養価は回復している。自然の回復力をうまく利用した方法だ。
必要な分だけしか採集しないため、余分なゴミも出ない。出たゴミも全て自然の中で創り出されたもので、そのまま放置しておいても、いつかは土(自然)に還る。これが伝統的な生活の営みであるが、今でも全てが土(自然)に還るという発想しか彼らはもっていないようだ。伝統的生活を営むフィジーの村でも、近代的な文明の産物の使用が見られた。そこで問題なのは、彼らはジュースの缶やスナック菓子の袋でさえも、放置すれば土(自然)に還ると考えているようなのだ。先にも述べたように村の人々は、河川浸食や湾の水質汚染、年から大量に流れ着くゴミなどは「環境問題」だと指摘していた。しかし、その一方で村のあちらこちらにはペットボトルやお菓子の袋、ビニールなどが落ちており、彼らは「環境問題」について語りながら私たちの目の前で、それらを捨てていた。
著:kana